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すらすら日記。

すらすら☆

諦めて、自分の職務範囲を限定してしまう中高年社員について。

わが国の職場は、それぞれのスタッフの職務範囲が不明確、つまり「ここまでやればいい」というラインがあいまいなため、際限なく仕事が降ってきてブラック化してしまうとも聞きます。

逆の方向で、中高年社員に多いのですが、正社員であるにもかかわらず「自分の仕事はここまでだから」と自分一人で勝手に決めてしまい、それを超えることは上司の指示があろうともぜんぶ拒否する、という現象も観察されます。

このように、自分で自分の職務範囲を独自の見解をもって狭く狭く決めつけてしまう類型は、昇格昇進が望めなくなっている年次の中高年社員に多いのではないかと。



周りにいる若いスタッフは、成長しようと新しいことにもどんどん挑戦している。

でも、勝手に諦めている中高年社員は、挑戦どころか、自分の独自の職務範囲から一歩でも外れると拒否してしまう。

もはや、新しいことを覚えるつもりも無くしてしまったのでしょうか。



その人も、若い頃は仕事に燃えていたのかもしれません。

それとも、最初から「俺は出世には興味はない」とか言って斜に構えていたのかも。


過去に戻ることはできませんので、その辺りの真実はわかりません。


仕事に対する価値観は人それぞれ様々です。

でも、私個人としては、あんな風にはなりたくないな、と観察しております。




「いじる」という作法が許される関係と環境について。

最近、チームで仕事をするうえでは部下のプライベートまで気に掛けているのだ、ということを示すリーダーが望ましい、その方が成果があがるというビジネス書の記述を読みました。

私個人は、職場はあくまで仕事をする場所だと思っていますので、過度にプライベートに踏み込むような会話はしないようにしております。

もちろん、家族が急な病気になって休まなければならなくなったとか、保育園の送り迎えなどのプライべベートな事情には最大限配慮はしておりますが。

そういうプライベートへの配慮と、触れてはいけないような家庭の事情への「いじり」が区別できていない場面が。


たとえば、急に飲み会に誘って断ると


「奥さんが怖いのか!弱いなあ」

「このヘタれ」



夫婦関係は人それぞれですし、家庭内でどのようなルールがあるのかは伺い知れません。

そういう会話をやっている人同士は友人関係?なのかもしれませんが、周りで聞いている多くの人の立場としては、自分も同様の「いじり」を受けたら嫌だな、と。

やっている人同士は、他愛ないじゃれないなのもしれませんし、そうではなくて、いじられている方は傷付いているのかもしれません。



もし、「いじり」をやれないような関係性なら、ただの職場内いじめです。

友人関係同士で「いじり」をやるなら、周りに聞こえない場所でやって欲しいと思います。


ここは、仕事をする場所に過ぎないのですから。



苦しくなければ、労働じゃない?

自己啓発であっても、使用者の明示または黙示の指示があれば労働時間となる」という厚生労働省の指針についての記事が話題になっていますね。

www.nikkei.com

私は労働法については専門家じゃありませんが、使用者の指揮命令下にあれば労働時間だ、という知識くらいはもっております。

以下のお話は、法律論からみたらおかしいのでしょうが、個人的な感想レベルということで。

私にとって労働というのは、


知識や理解力のない他部門や経営まで含めた管理者に「ご説明」したり

自分の考えに固執して従前のやりかたを絶対に変えようとしないお局様を説得したり

若手に変なことを吹き込んだり無意味に脅したりする中高年の暇な人の影響を排除したり。


こういうつらく苦しいことが労働であって、金融・会計・税務の専門知識を使って問題を解決したりするのは「労働している」という感じではありません。

なので、金融や会計の専門知識を習得してアップデートしているのを労働の一部だと言われると、なんだか違和感が。

そもそも、経営管理者から「勉強しろ」とか、言われませんからね。

実際には、前に挙げたつらく苦しいことと、専門知識による問題解決と、両方に対して賃金が支払われているのでしょう。

金融業界だけではないでしょうが、毎日、新しいことを勉強していないとまともに働くことは難しいです。

どこまでが労働時間で、賃金が支払われるべきなのか。

労働法の専門家の意見も待ちたいと思います。


ウェブ上で、虚偽・大げさ・誤誘導を職業とする人に騙されないためには。

ネットには無料で読める膨大な情報が転がっています。

そのため、勉強なんかしなくても必要な時に調べられればそれでいい、という意見も強いですね。

ところが、その分野についてある程度の基礎知識がないと、入力すべき「キーワード」がわからない。

そして、目指すウェブサイトに辿り着けない、ということに。

また、キーワードがわかっていたとしても、情報の真贋を見極められる知識がないがゆえに、悪質なデマをばらなく自称評論家の無責任な記事に引っ掛かってしまったりも。

同じウェブの公開情報から、ある人は信頼性の高い情報を素早く引きだすことができるのに、ある人はインチキなまとめサイトの情報を鵜呑みにして迷路に迷い込んでいる。


無料のウェブ情報の海から、「必要な時に調べる」ことが可能になるためには、


基礎をあらかじめ学んでおくこと、

情報の真贋を見極められるような常識的判断力を身につけること。


これが必要なんだな、と。

一部閉鎖に追い込まれたところはあるけれど、ウェブには虚偽、大げさ、誤誘導を狙った情報が氾濫しております。

虚偽・大げさ・誤誘導を職業とし、それで食べている人は、情報に弱い人を騙すために必死です。

騙されないためには、無料では学べないかもしれないことをウェブの外で身につけてから。

そんなことも必要なのかもしれません。


働き方改革において、その方法を考えるのは経営者と中間管理職の役割です。

効率よく仕事をこなして残業を減らそう、というのは掛け声だけはありましたが、電通事件と政府の働き方改革という呼びかけもあり、まもとな企業であれば、さらにプレッシャーが強くなっているのではないかと思われます。

残業時間を測定して、「減ってない!なんとかしろ」という圧力のようなものまで感じられるような。

こんな中、現場の中間管理職が、なんら業務フローを見直しすることなく、ただ上から言われている残業削減の圧力を現場スタッフにそのまま転嫁するとどうなるでしょうか。

その結果は、ただ単に現場スタッフの労働密度が濃くなり、次第に精神的、身体的に疲弊していく・・というものになってしまうのではないでしょうか。

中間管理職は、現場ではそれなりの裁量権を持っております。

残業を減らすために、その裁量権を使ってやれることはたくさんあります。



部門内で負担になっている煩雑な事務フローを改善する。

無理な納期を言ってくる取引先と交渉する。

部門内の「ご説明」「ご報告」などの意味のない儀式を止める、簡素化する。

確認のためだけの会議や資料読み合わせだけのうちあわせを止める。


こういう地道な改善にも取り組まず、ただ「自分たちで改善する方法を考えろ!」と怒鳴るだけの経営者、中間管理職もいるのでしょう。

スタッフは仕事の進め方について、裁量権をほぼ持っていません。

そうなると、残業削減は、単なる労働強化・高密度化となり、組織は疲弊するだけに。



掛け声だけの働き方改革は、疲弊がある一点を超えれば破綻へと至るでしょう。

考えるのはスタッフではありません。

その方法を考えるのは、経営者と中間管理職の役割ではないでしょうか。



身に付けたい、「自分で調べて考える習慣」について。

仕事でわからないことがあると、

「正解」をすぐに質問してきてその時はいいのですが、次の時も同じことを聞いてくる方、

あるいは、一人でギリギリまで抱え込んでしまって間に合わなくなり大爆発・・という方なども。

でき得れば、どこがわからない点かを明らかにしたうえで、自分でできるところまで調べてくれれば、忘れ果ててまた同じことを聞くというはめにはならないはずなのですが。

「わからないことがあれば、まずは自分でいろいろ調べて手がかりを見つけ、解決の糸口を探す」という作法は、習慣化すれば無意識のうちにやることができます。

仕事に必要な知識はとても幅広いですし、仕事自体が変化して行くので際限がありません。

経験が相対的に多い管理職でも、スタッフにすべての「正解」を教えることは不可能。

なので、スタッフにはわからないことがあった時の

「どう調べていけば手がかりが見つかるのか」

「チェックすべきポイントはなんなのか」

「どういう前例を参考にすべきか、すべきじゃないのか」

などなど、解決法を探るための思考方法を教えられればいいなあ、と。

知識はすぐに陳腐化するけど、自分で調べて考える習慣を身につければ、なんとかやっていけるんじゃないかと。

そんなことを考えております。


理想論でもなく、悲観論でもなく、目の前の現実から。

せっかく苦しい就職活動を経て就職したのに、3年もしないうちに多くの若手社員が辞めていきます。

その大きな原因として、

「経営理念として掲げられている美しい理念」と、

「あまりに理不尽な現場の仕事の現実」の落差に幻滅するということもあると聞きます。

経営者は理想を掲げることも必要なのでしょうが、理不尽な現実とあまりに離れした話ばかりしていると、若手は「言っていることとやっていることが違う」、つまり何も信用できなくなるのではないかと。

一方、中高年社員が、忙しく働いている若手社員の聞こえているような場所で、自社や業界自体に先行きの希望がないという話を大声でしているのも、同じく若手社員のやる気を著しく削いでいるのではないかと。

その「先行きの希望のない状況」を作り出してきたのは、他人事のように会話している中高年ではないか、と。


あまり綺麗事、理想論ばかりでもダメ。

無責任な悲観論でもダメ。


若い方に先行きの希望を抱いてもらって、

未来はちょっとづつでも明るくなる、と長く勤めてもらいたいならば。

目の前の理不尽さを、少しづつでも改めて行こうという現実から着手して行くしかないのでは。


今日はそんなことを考えておりました。



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