すらすら日記。

すらすら☆

社会を正しい「理論」で改造できるという思想の帰結について。

本日のお題はこちら。

共食いの島

共食いの島

1930年代、党内闘争に勝利して独裁権を握ったスターリンが、「階級としての富農撲滅」を目的として農業集団化を強行します。

農業集団化は、生産手段の私有廃絶という共産主義イデオロギーの実行であるとともに、(飢餓を発生させたとしても)穀物輸出をして重工業化=資本蓄積に必要な外貨を得るためにおこなわれました。

農業集団化により、飢えてモスクワなどの大都市へ流入した農民を強制的に狩り集めて、元から年に居た「寄生者」「社会主義建設には役立ない者」とともにシベリアの奥地へ植民(追放)するという計画も実行されます。

農業集団化と強制植民は、次のような「確信」に基づいて行われます。

新しい国家(ソ連邦)が、科学的認識と社会の歴史的発展の法則を熟知することを基礎に建設されているからには、社会を造形することは可能であり、また建設途中の社会から、新社会主義社会を汚染したり敵対しながら寄生する有害分子を摘出することは可能だ、という確信

ソビエト官僚と内務政治警察(OGPU)が紙の上で計画した空想的な植民は多くの餓死者をだし、植民による生産などは何も得られず、無残にも失敗。
シベリアでは飢餓と無秩序な暴力が蔓延します。

やがて失敗はスターリンの耳にも届き、この形でのシベリアへの計画追放は中止されるのですが*1

制度としての共産主義は前世紀にはほぼ滅亡しましたが、社会を理論によって思うままに改造できる、優れた人間は、劣った人間、役に立たない人間を「選別」して除去可能であるという思想は今日でもしつこく登場してきます。

多くの人々の犠牲に思いをいたすとき、この思想の誤りはしつこく指摘しておかなければならないとあらためて。

本書、比喩ではない文字通りの「共食い」のお話がでてきますので、苦手な方は読む際にご留意ください。
念のため、申し上げます。


*1:シベリアへの強制収容所建設と追放は、この前後でも継続しています。中止されたのは集団植民的な追放のみ。また、ソビエト政権に敵対するとみなされた民族まるごとの強制移住はまた別の形でも行われています。

戦場における隠したい事実と、誇張したい傾向について。

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兵士というもの――ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理

兵士というもの――ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理

兵士たちが故郷にあてた手紙、戦争が終わってから書かれた回想録には必ず「想定された読み手」が存在し、その記述には自己正当化や誇張が混ざり込んでしまいます。

戦場では当然のことである「敵を殺す」「敵かもしれない、敵になるかもしれない非戦闘員の市民を殺す」という行為は、読み手がいる一般社会では望ましくないされると兵士自身もわかっているため、手紙や回想録ではこれらは省かれていることが多いとも。

本書は、資料館に埋もれていた米英軍の捕虜となったドイツ国防軍兵士の会話を「盗聴」した膨大な記録を歴史研究者が発見し、整理分析したものです。

盗聴記録ですので、ここには兵士の本音、隠したい事実が赤裸々に語られています。
数々の戦争犯罪に手を染めたナチ武装親衛隊(SS)とは異なり、国防軍は正々堂々と戦った高潔な軍隊であったという「国防軍無罪神話」は、ここでも、面白半分に虐殺行為を繰り返し、それを自慢さえする国防軍兵士の会話記録から、嘘であったことがわかります。

興味深く感じられたのは、ドイツ国防軍兵士にとって戦争はまじめに取り組むべき「仕事」であり、その出来栄えを気にし、上手くいけば誇りに感じるというのは工場で何かを製造するのとなんら変わらないという点でした。

また、手紙や回想録では隠される非戦闘員の虐殺行為が、戦車撃破や敵船撃沈と同じく自慢話になっていたことでしょうか。

それに、盗聴記録と言えども、会話相手の捕虜仲間や、尋問する米英軍に対して、ドイツ国防軍兵士は繰り返し次のような話をします。

「圧倒的な物量の敵、無能な上官、乏しい装備にもかかわらず自分は奮闘し戦果を挙げた」

この語りはドイツ軍兵士だけではなく「仕事」がある場所では広く観察される、と。

今日においても、このようなパターンは、SNSや居酒屋での「武勇伝」でひろく聞かれます。

ひどく、誇張されて。

ドイツ国防軍兵士は、特別に残虐な人々であったわけではありません。

2段組みで数百ページに及びますし、ナチズムや第二次世界大戦についてある程度前提知識がないとなかなかに読みづらいかもしれませんが、人間というもの、兵士というものが何を考え、どう行動していたのか。

現代の平和な社会とあまりに変わらない営みに気づかされる書であると思います。


考えることを諦めてしまう日の到来の順序について。

日々なんとなくこなしている仕事。

たいていのは、前の人が作ったファイルをコピーして、それに今年の数字を置き換えていくくらいでこなせていました。

従来なら、周りの環境の変化も小さくゆっくりだったので、それでなんとかなっていたように思います。

ところが、ここ数年顕著なのですが、変化のスピードが急激に早くなり、「去年のコピー」+「数字の置き換え」ではもう対応できなくなりつつあります。

新しい事象が起きれば、それにどう対応するのか、誰かが事細かに指示してくれることはありません。

自分で考えて解決策を生み出してくしかないわけです。

この「自分で解決法を考える」というの、みんなができるわけではありません。

ある人は、変化に対応することも、考えることもできない。

また、データ集計も、RPAなどという大げさなものではなく、ちょっとしたエクセルの工夫でどんどん時間短縮が進んでいます。

できない人は、エクセルを方眼紙か縦横集計くらいにしか使えないので、ここでも無力に。

いろいろな要因が組み合わさって何も「できること」がなくなってしまっていくのを見ております。

とりあえず、私はいまのところは「ついていけて」いますし、「考える」こともできています。

でも、できなくなって「諦めてしまう」日が来るのは、しょせんは順番の問題なのではないか。

社内の至る所にいる「バンザイしてしまった人」「降りてしまった人」を見るに、そんなことも感じております。


簿記検定で身につけられる「会計的センス」の基礎について。

先日行われた日商簿記検定2級で、最近、試験範囲となった連結会計について出題がなされました。
連結会計の出題自体は試験範囲として示されているので、出題自体はまあ当然なのですが、その問題というのがいわゆる「悪問」で、とても2級レベルの受験生が解けるようなものではなく、専門学校講師たちの怒りを巻き起こすことに。

「こんなの、どこの商業高校でも簿記専門学校でも2級レベルとしては教えていない!」と。

さらに悪いことに、問題文のなかに会計年度が記載されていたのですが、これも注記・補記はあったもののあまり一般的な表記ではなく、さらに受験生が混乱。

これに対しては日本商工会議所が問い合わせに対して回答したものの、なんだか「間違ってない!」と強弁するようにもとらえられる言い方で、先の悪問と合わせてプチ炎上状態になっておりました。

簿記検定、高校生から社会人まで就職・会計実務に役立つ資格として広く受験者がおり、影響が大きい問題だな、とも思う次第であります。

さて、簿記検定、会計実務に役立つ、財務諸表が読めるようになるとして広く推められております。
でも、一方では、会計ソフトの発達により、手作業で仕訳を起こすような場面はあまり実務ではほとんどなくなっているのも事実ですね。

簿記検定、3級から始まりまして、2級、1級と進んでいくのですが、今話題の2級は連結会計や税効果まで入ってきて昔から比べるとかなり難しい試験になっているようです。
その難しい試験にせっかく合格できても、実務では会計ソフトを使用しますから、だんだん使わなくなって忘れてしまうというのも。

また、上場企業経理担当者をやるには、とても2級レベルでは対応できないということもあり、試験が難化している割にどこをターゲットにしているかわからないという声も聞かれます。

しかし、私が思うに、日商簿記検定は長い歴史がありそのカリキュラムは非常によく練られおります。
3級からしっかり順を追って学んで習得していけば、ちゃんと「会計的センス」の基礎を身につけられる良い試験ではないかと。
2級までとれば、会計ソフトに予めセットされていない事象が起きたときその「会計センス」で考えて判断していけるようになる。

経理担当者ではなくても、その会計的なセンスでさまざまな「会社の数字」を見ることができるようにもなります。

あとは、その身につけた基礎から自分の必要な会計知識(経理なのか、分析なのか、評価なのか)を発展させていけばいいのですから。

ただし、専門学校などが用意するテキストは非常に優れているだけに、そのテキストを丸暗記的に学習して習得してしまえば試験には合格できてしまう。
このやり方だと、先に述べた「会計的センス」は身につかず、試験終了とともに消えてしまうことも。
最近のテキスト自体はとても良くできていますから、暗記や過去問のパターン訓練ではなくてしっかりと「理解」して2級までとれば、一生モノの「会計的センス」の基礎が得られること思います。

日商簿記検定の当局?は今般の悪問(出題ミス?)を公には認めないでしょう。
でも、くじけずにまたチャレンジしてほしいなあ、と私としては思います。

お勧めしたいのはこちら。この「スッキリわかる」シリーズはイラスト・図解も合わせて練習問題も付いており、独学でも2級習得までイケる良い教科書です。

スッキリわかる 日商簿記2級 商業簿記 第11版 [テキスト&問題集] (スッキリわかるシリーズ)

スッキリわかる 日商簿記2級 商業簿記 第11版 [テキスト&問題集] (スッキリわかるシリーズ)

なお、初学者の方は必ず3級から!
私はいきなり2級テキストを買ってしまい、まったく理解できずに遠回りしてしまいました。
見栄を張らず、焦らず。ゆっくり学んでいきましょう。


虚言によって自分とは違う誰かになろうとするのではなく。

インターネットで自分を大きく見せようとしているのか、自分とは違う人格を演じ、嘘がバレて炎上、ひっそりと消えていく人が後を絶ちません。

今はこんな小道具までアマゾンで購入できます。
預金口座残高の画像をとって、巨額の残高があるように改ざんするのも簡単なものです。

お金が欲しい、今とは違う誰かになりたい。

そう思っているたくさんの人に夢を売りつけるために、まずはこんな小道具を使い、加えて、偉人の名言集やそれらしい成功者の伝記からもっともらしいフレーズをコピペすればたちまち自分も「すごい人」の仲間入りです。

webで「仕掛け」を作って流せば、それなりの数の情報の真偽を見極められない人々が自分を取り巻き、称賛してくれて、お金まで払ってくれるでしょう。

ひょっとすると、自分では「演じている」ことすら忘れて、本当に自分が凄い人になってしまったかのように錯覚してしまうかも。

ところが、その心地よい嘘は長続きしません。
webには数は少ないものの、「ホンモノ」がいます。
たちまち嘘は破れて、あなたは嘘つきとして糾弾されることに。

身の丈にあった自分を出していれば、こんなことにはならなかったのに。

偉くなりたい。
有名になりたい。
何か今とは違う自分になりたい。

その気持ちそれ自体は悪いものではありません。
良き動機であれば、向上心という称賛される美徳とされますから。

だったら、遠回りでも少しづつ学んで、昨日とはちょっとだけ違う自分を出していけばいいいのに。
一足飛びに大成功できる者など、特別な幸運と才能に恵まれた一握りの人だけです。

私としては、虚言で一気に違う人格になろうとしたり、自分とは異なる他の人格を演じたりするのではなく。

自分は自分で歩んでいくことにしたいと思っております。


「しょぼい起業」がぜんぜんしょぼくない件について。

本日のお題はこちら。

しょぼい起業で生きていく

しょぼい起業で生きていく

「しょぼい」とありますので、昨今流行りの「テクノロジーを駆使したイノベーティブな起業で自由な人生を!」というやつではありません。

小さなお金を掛けない起業で家族と仲間が楽しく生きていければそれでじゅうぶんじゃない、という趣旨のようですが・・

この「しょぼい起業」って黙っていても人が集まってくるとか、お金を払わなくても店番とか掃除とか協力してくれるとか。

これって事業主に人間的魅力という、訓練して身に着けるのが難しい天賦のものがないと難しいのじゃ、と。

ぜんぜん、しょぼくない!

私は、画一的な学校教育と、その後の働きながらの訓練でスキルをつけて、企業組織でそのスキルを機能として提供して給料を得ています。

これって、専門知識とか事務能力みたいな機能を提供すればいいだけで、あまり全人格的な人間的魅力とか問われません。

こういう働き方が苦痛だ、という人々が多くいることは知ってます。

でも、私は楽です。

機能を提供している限りは他者に入り込まれないから。

しょぼい起業をして、他者と協同して生きていく。

いえいえ、ぜんぜんしょぼくありません。


私としては、どちらが正しいとか上位とかではなく、それぞれが干渉されずに生きていける社会が望ましいと思います。


メルカリが納付する法人税に関するお話。

メルカリは企業会計上、赤字ですが、企業所得に課される法人税等を約24億円納付しています。

これは、会計上は費用・損失として処理されたものが、税法上は損金として認められないために「ズレ」が生じていることを示しております。

これはなぜだろう・・とちょっと疑問を呈している方がいたので、調べてみることに。

メルカリの有価証券報告書を眺めてみましたが、子会社を含めた連結財務諸表では内容が把握できません。

そこで、メルカリ親会社だけの単体財務諸表を調べてみました。

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メルカリ 単体損益計算書

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メルカリ 単体税効果会計注記
メルカリ、ここ2年間で、関係会社株式減損90億、120億計上しています。

子会社の業績不振で、実質価額が低下したために取得原価から簿価を切り下げし、損失として認識しております。
税務上は、親会社の支援がある限り子会社は存続していけるので「確定」した損失ではないと損金として認められにくく、多くの場合、関係会社株式減損は有税(損金として処理しない)ままになっているのが通例です。

税効果会計の注記を見ますと、一時差異の内訳として「関係会社評価損」約70億を計上しています。

現在、日本の実効税率は30%ですから、これで一時差異を割り戻すと210億。

先ほどみた2年間で損失処理した関係会社株式評価損90億+120億は、ぜんぶ有税留保していることがわかります。

日本に久々に登場したユニコーン企業(時価総額1,000億円以上の新興上場企業)として話題となりましメルカリですが、少し不調のようです。

不振となっていた子会社、メルカリ欧州の解散をリリースしております。

海外子会社の解散及び清算並びに特別損失の計上に関するお知らせ
http://pdf.irpocket.com/C4385/xouG/eVb9/fIQg.pdf

当社はこれまで、Mercari Europe Ltd に係る関係会社株式評価損を合計約 13.5 億円認識し、Merpay Ltd に係る関係会社株式評価損を合計約 0.9 億円認識してきました。当該損失は、2019年6月期以降に税務上認容され、当社の連結及び単体の法人税等の金額が軽減される見通しです。

こちらのリリースにありますとおり、英国子会社は清算されますので、清算が完了した時点で約15億の損失が確定し、確定した事業年度の課税所得を15億円減らす効果が起きます。
これに税率をかけた約5億円弱の法人税等の負担が減ることになります。

巨額の関係会社株式損失の多くはメルカリ米国であると推測されます。
有価証券報告書によりますと、メルカリ米国の資本金は24百万米ドルですから、(資本金額と所得原価は直接はリンクしませんが)親会社メルカリの取得原価は250億~300億円くらいでしょうか。

こちらも評価損を計上しているものと考えられますが、有税のままです。

こちらを読みましたところ、苦労話もありましたが、メルカリ創業者たちは夢と希望をもって事業をやっているんだな、と。

創業者たちは、税法上も損失を「確定」させてメルカリ米国の失敗を認めたくはないでしょう。

今後の行方をみていきたいと思います。


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