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すらすら日記。

すらすら☆

監視者を監視するためには?

今から数年前、J-SOXブームが起きて、それまで日陰部署だった内部監査部門が注目されはじめました。
そして、「監査部門がルール通り監査をしているのか誰が監査するのか。監査部門を監査する監査監査を設立しよう。そしたら、監査監査部門がルール通り監査監査をしているか(以下無限ループ)」という笑い話がありました。

J-SOXブームはあっという間に去りましたが、最近はコーポレート・ガバナンスブームです。
形式を整えるのはJ-SOXで慣れてますので、今度もそつなく対応しつつ、何年かしたらもう忘れちゃうような気もしているのですが・・

さて、「高度成長期には、メインバンク制が経営を監視することを代行していた(一種のガバナンスの肩代わり)。企業の銀行依存が弱まってガバナンスの問題が噴出した」という仮説(社会通念)がありましたが、これは実証研究では否定されているようです。

日本の銀行は金融自由化事前の時期においても、企業に対して有効なモニタリング機能を果たしていたわけではない。高度成長期に、銀行の重要な顧客であった製造業は、グローバルな競争から規律を与えられていた

で、この銀行自体のガバナンス問題が表面化したのが、1997年~98年の拓銀長銀日債銀破綻に象徴される金融危機であります。
教科書的には、銀行は、預金者・資本市場・監督当局により規律されるとされますが・・

①預金者
放漫経営を行う銀行からは預金者から信用をなくし、預金引き出しを行って銀行経営を脅かすので、銀行経営者は規律ある経営を行う・・はずなのですが、80年代以前は経営不振に陥った銀行は当局の裁量で救済合併されたりしたので、経営不安による預金引き出しという場面は起きなかった。
つまり、預金者による銀行のガバナンスは機能していなかった。


②資本市場
銀行の最大の株主は「金融機関」(銀行及び生命保険会社)であった。*1
さらに、その株主としての銀行は数%づつに分散しており、大株主として経営を監視するインセンティブを持ちにくいし、発言権も弱い。
「分散された自分自身に所有されている」わけで、これでは資本市場によるガバナンスは機能していなかった。

③監督当局
監督当局は、銀行の経営情報を得にくい預金者・国民のエージェントとして銀行経営者をモニタリングする、とされているが、預金者・国民はほんとうに監督当局が適切に監視活動を行っているか情報を得にくい。
それどころか、監督当局は不良債権の実態を隠蔽・先送りするような裁量的政策を行い、金融危機を深刻化させた。
監督当局によるガバナンスも機能していなかった。


と、ここまでのお話は2000年代以前の実態であります。


今や、ペイオフが解禁され、預金に対する暗黙の政府保証は無くなり、日本振興銀行破綻ではじっさいに1000万円を超える預金の切り捨てが実施されました。
これで、預金者によるガバナンスも効き始めるでしょう。

金融機関同士の株式の持ち合いも徐々に解消されつつあり、メガバンクにおいてはほぼ事業会社とどうようの株主構成に落ち着きつつあるようです。*2
これで、資本市場によるガバナンスも。

最後に、大蔵省から金融監督機能は分離され、金融庁が発足して一時の隠蔽・不透明な裁量行政はなくなり、監督当局によるガバナンスも期待できるようになりました。


製造大企業に対するガバナンスの代行は存在しなかったとされますが、銀行融資に依存する中小企業に対する銀行の影響力はまだまだ絶大であり、監視者としても期待されております。

そして、監視者に対する監視の仕組みはまだ始まったばかりです。
これから、私自身もその監視者に対する監視の仕組みを監視して(以下無限ループ*3

本日の参考文献はこちら。

コーポレート・ガバナンス (岩波新書)

コーポレート・ガバナンス (岩波新書)


*1:2000年における銀行の株主である銀行の比率は44%。生命保険会社は銀行に劣後ローンを供与し、銀行は生命保険会社の基金を保有するという依存関係があり、生命保険会社を合わせた銀行の株主構成は78%にも及んだ

*2:一方、地域金融機関においてはあいかわらず「分散された自分自身による所有構造」は変化がありません。

*3:コーポレート・ガバナンス=「監視」という意味だけではありません。念のため。

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