すらすら日記。

すらすら☆

粉飾決算は根っからの悪人の仕業ではなく、普通の人間の弱さから始まるというお話。

本日のお題はこちら。

 本書は、4章からなり、1~3章で粉飾決算とは何か、事例を挙げて分析しつつ、第4章で粉飾決算を防ぐために何をすればいいのかを提言しております。


 第1章は日本長期信用銀行「粉飾」決算と違法配当に係る刑事事件についてです。こちらは、銀行の貸倒引当金繰入/貸倒損失に係る会計処理が、従来の税法基準から、自己査定・金融商品会計基準等に基づいて行われる現在に近い基準に切り替わる過渡期において、長銀の経営者が、商法にいう「公正ナル会計慣行」に従っていたのかということが争点となりました。
地裁高裁と有罪判決が下りましたが、最高裁は、争点となった時期(平成10年3月期)においては、自己査定基準がいまだ「公正ナル会計慣行」としては定着しておらず、従来の税法基準で決算を行うことも「公正ナル会計慣行」に従った適法なものであったとして無罪判決が下されました。
著者の浜田公認会計士は、長銀の貸倒引当金計上処理について、会社の正しい姿を外部へ伝達するという会計の視点からは、税法基準では適切なものであったとは言えないことを論証し、この最高裁判決に疑問を呈しています。

 第2章は、三洋電機の関係会社株式減損もれと違法配当に係る粉飾決算事件についてです。こちらは旧三洋電機の経営陣に対し、株価下落で損失を被った株主が損害賠償を求めた民事裁判ですね。こちらについては、商法の規定や金融商品会計基準に反して三洋電機独自のルールで「減損のがれ」をしていたのに対し、裁判所は経営者の責任を認めませんでした。浜田会計士は、こちらについても当時の「公正ナル会計慣行」や会計基準と対比し、三洋電気経営陣が責任を負うに値する粉飾決算を行っことは明らかであると論証しています。
私から見ましても、裁判所の認定は会計慣行についての無理解が甚だしく、判決文は理由付けも結論も奇妙なものです。この認定基準では、いかなる粉飾決算を行っても、経営陣に対して責任追及を行うのは極めて難しいものと思われます。*1
 
 第3章は、今話題の東芝事件についてです。東芝事件についてはネットや雑誌でたくさんの記事が書かれておりますが、それは粉飾・不正の渦中の「人物」の動きに焦点を当てたものが多く、会計や監査の視点からは、その複雑難解さもあり、あまり採りあげられておりませんでした。
本書では、粉飾の手段であった工事進行基準やのれん減損に関する会計処理や監査について、東芝が行ったと推測される処理と、本来のあるべき社内の内部統制や外部の会計監査手続を詳細に説明して対比し、「見逃し」は非常に考えにくいことを論証しています。
現実に粉飾が長期間に渡り行われていたという事実は、東芝の粉飾が数人の経営トップだけでなく、全社を巻き込んで行われていたこと(そのため、東芝の体質改善は非常に困難を伴うであろうこと)、さらに、新日本監査法人の監査が形骸化し、なんら実効性がなかったことを示唆しております。

東芝事件の人間の動きについてはこちらの過去ログもご覧ください。
sura-taro.hatenablog.com


記事はまだこの下へ続きます。



 以上のとおり、第1章~第3章は、かなり会計・監査の前提知識や、それぞれの事件についての事実関係の知識が無いと理解が難しいのではないかと思われます。

本書の白眉は、やはり第4章「トップレベルの内部統制とは」でしょう。

昨今、コーポレート・ガバナンスコードの公表など、企業統治の向上を目指す動きがあります。東芝委員会設置会社へ早くから移行し、ガバナンスの優等生と言われていたのですが、それはまったくの形式だけでした。人間は弱い存在であり、それは経営者も例外ではありません。追いつめられれば、不正行為を為すこと正当化し、それを長い間維持しようとも図ります。

一部、引用いたします。

「経営者、経営幹部に、社内のだれよりも誠実であれ、高潔であれ、と望むのは、理念としては結構ですが、あまり現実的ではありません。彼ら・彼女らは、普通の人々と同じ程度に誠実であり高潔なだけであって、経営者・経営幹部になった途端に特別な存在になるわけではありません」(本書393頁)

「会社が何らの不適切な方法で実態と乖離した姿を社会にみせていると、徐々に組織内の倫理観が失われていきます…(三洋電機などは)すばらしい製品や実績を持っていたのに、損失を糊塗し、隠蔽することにあまりにも長い時間を費やしてしまったため、不正が発覚した時点では、活力も、気概も底をつき、もはや企業の立て直しが不可能な状況」(395頁)

浜田会計士は、いたずらに理想論を言い立てるのではなく、経営者不正を防ぐために現実的な提言を行っております。組織に属する人間なら、この第4章の提言には何かかしら示唆を得られるのではないでしょうか。

粉飾決算は、帳簿上の不正だ、書類だけの話だという軽いものではありません。長年築き上げてきた信頼が一気に崩れ去り、失業や処遇切り下げで人々の生活を崩壊させ、残った人々全体も不信の目に晒されることになります。
粉飾決算の「重さ」を知るため、決して簡単な本ではありませんが、ぜひお読みいただきたいと思います。


*1:本書のもう1つのテーマとして、粉飾決算に関する司法の判断が甘いのではないかという著者の問題意識があります。これについては罪刑法定主義の問題や、「公正ナル会計慣行」の成立時期や意味合いなど、刑法や商法などの学習経験が無い私の力量には余るので、こちらについては控えます。

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