「私」と「あいつら」の間に。
本日のお題はこちら。
だれもわかってくれない あなたはなぜ誤解されるのか (早川書房)
- 作者: ハイディグラントハルバーソン
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/10/30
- メディア: Kindle版
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先日、若い女性が被害者となる悲惨な事件が続けて起き、マスコミの執拗な報道やSNSでの人々の言動も目にし、人間の心のあり方を考えていました。
TVでの評論家たちの言葉を真似たのでしょうか、人々は、「あいつら」((元)米軍兵士やアイドルファン)は「私」とは異なる人間=異質な集団であると非難する。
その発言する人々の政治志向や道徳観により、攻撃されるのは米軍兵士だけだったり、アイドルファンだけだったり、あるいは両方だったり。
人間は、客観的にどうであるかかかわらず、「私」は平均よりも道徳的に高潔であると考え、「あいつら」は得体が知れない存在・気持ちが悪い存在であるかのようにみているようです。
その集団の中にいる個々の人々の顔は見えません。例外はいくらでもあるのでしょうが、そんなことは目に入らないわけです。
人は自分の見たいものしか見ない・自分の考えを証明する証拠ばかり探してしまうなど、いろいろなバイアスを持っていることは従来からずっと言われております。
先日来の、ある集団を一般化してステレオタイプでしか見ることができないというのも、本書で挙げられていました。
そして、いちばんの問題は、私自身も含め、そんなバイアスを持っていること自体にほぼ無自覚であり、指摘されてもなかなか改めることも難しい。
客観的な言動を行うなんて、私自身もできないと思います。
でも、人々はこういう心のあり方を持っていて、私とあいつらを分けている。
そのことを知るだけでも、条件反射的に何かを叩くという言動は止められるのかもしれない。
そんなことを考えております。