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すらすら日記。

すらすら☆

誰かの立場を忖度して現実を捻じ曲げるという配慮の苦しみについて。

メガバンクのシステム更改がスケジュール通り進んでいないのか、「完了」した後に何か別の作業を行うという、いったい「完了」とは何のことなのか疑問をぶつけたくなる画像を見かけました。

おそらく、現実には上手く進捗していないのだが、それを正直に告げてしまうと責任者である偉い人の立場が丸潰れになるし、さらに現場の人々も責められるという事態をなんとか糊塗するために、配慮が行われたのではないか、という推測も。

ガダルカナル島からの撤退を「転進」と言い換えたこと、
ブレジネフ時代、停止した列車の中でカーテンを閉めて「列車は共産主義へ向けて着実に進行している」と乗客が自ら車体を揺すぶったというアネクドート
決して失敗を認めない、某中央銀行総裁の強弁の数々。

現実を認めてしまうと、つらい。
誰かの立場、特に責任を取らなければならない偉い人のメンツが潰れてしまう。
現場の人々も苦い真実に直面して、偉い人から怒られたり責められたりしかねない。

そうやって、お互いに配慮しあってギリギリまで先送りすることは、一時は楽かもしれません。
ひょっとしたら、周囲の環境が変わって事態が好転するかもしれない。そんな淡い期待も。
現場で、現実のまずい状況に気付いている人にとって、この「捻じ曲げている」配慮は地獄の苦しみです。
後からみんなが現実に直面した時に、偉い人は「責任をとって」逃亡するでしょう。
でも、現場ではその口を開けた現実のグチャグチャに対処し、なんとかしなければなりません。

現実を見て見ぬふりをする仕草をとることは、一時的には楽に見えるので、誰にとってもつい誘惑に駆られてしまうものです。
しかし、その間、効果的な対策は取られません。
だって、表面的には上手く行っているのですから。
後からの苦しみを考えれば、立場に配慮するより、現状でできる対案を考える時間を割くべきなのですが。

誰かの立場に配慮する。
その美しい姿勢の陰に、苦しみが隠れていることも思い出してみていただければと。


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