すらすら日記。

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日本銀行の国債「償却負担」1兆円台という表現について。

日本銀行の2016年度決算が公表されました。

その中で、このような報道が目につきました。

www.bloomberg.co.jp

「1兆円台」という数字と「負担」という言葉でインパクトを狙った見出しですね。

概ね正確な記事ですが、少々言葉足らずでミスリードを誘うのではないかと感じられましたので、多少なりとも補足したいと思います。

まず、償却原価法についてです。
国債に限らず、債券はいくらの値段で購入したかにかかわらず、満期になれば額面100円あたり100円で償還されます。
また、固定利付の債券は、付されている約定利率(クーポン)と市場金利を比較して需要と供給により値段が決まります。

国債が付されている約定利率が市場金利より高ければ、多くの市場参加者が購入したがりますので値段が上昇します。額面100円の国債を103円でも104円でも購入したいという投資家が出てきます。

逆に、約定利率が市場金利より低ければ、市場参加者が手放したがるので値段が下落します。額面100円の国債でも、99円や97円ではないと買い手が現れないわけです。

この需要と供給による価格調整は、理論的には、最終利回りが市場金利と均衡するポイントまで続くことになりますね。

さて、現在、市場金利日本銀行の強力な金融緩和政策によりコントロールされており、趨勢的には下落傾向にあります。
市場金利が低下すると、過去に発行されていた高い約定利率が付されていた国債の価格は上昇することになります。

数字を簡単にするために、約定利率2%、満期までの年数が5年の国債が額面100円あたり、105円の値段で購入されたとします。
5年後、額面100円の国債は100円でしか償還されませんから、オーバーしている5円をなんとかしなければなりません。
この5円を、満期までの5年間、毎年1円づつ均等に償却していく簿記会計の技術が償却原価法です。償却原価法を使うことにより、償還までの保有期間利回りが一定になり、償還の年度にいきなり償還損が発生するということを避けることができます。
具体的には、国債利息の減少1円(収益の減少)と国債額面1円の減少(資産の減少)で振替仕訳を行うことによっておこなわれます。

(借方)現金   2円 (貸方)国債利息 2円
(借方)国債利息 1円 (貸方)国債   1円

これを報道記事の数字を使って、日本銀行の2016年度決算、1年分表すと次のようになります。

(借方)現金 2兆4,945億円 (貸方)国債利息 2兆4,945億円
(借方)国債利息 1兆3,076億円 (借方)国債  1兆3,076億円

償却原価法は、あくまで利回りを一定に保つために簿記会計上の技術であり、利息の調整に過ぎません*1。「負担」という言葉には違和感があります。償却負担という語感から、あたかも割高な国債を買入消却しているかのようなイメージを抱いてしまうかもしれません。

なお、報道のとおり、償却原価法適用後の差引の国債利息収入は1兆1,869億円であり、日本銀行保有している国債全体がマイナス利回りになっているわけではありません*2
民間銀行では、償却原価法適用後の国債ポートフォリオ全体の最終利回りがマイナスになっているところもあるようですので、まだまだ日本銀行はマシ、ということになるのかもしれません。

なお、償却原価法による利息の調整は、購入した値段と償還までの年数により自動的に決まりますので、購入後に市場金利が上下したとしても満期まで変化しません。市場金利の変動により影響を受けるのは国債の「時価」だけです*3
このことを知らずに記事を読みますと、市場金利の低下により、既存の保有国債まで「償却の負担」が増加するかのように誤解してしまう可能性も。

「償却の金額」が増えるのは、あくまで新規に買入する国債の値段が上昇した場合であることにもご注意ください。また、市場金利が変化しなくとも、市場からの買入で国債保有量(総体の金額)が増えていけば、やはり「償却の金額」は増加することになります。

償却原価法による利息調整額だけを取りだして、「1兆円台」「負担」という見出しをつけるのは、世間の耳目を引きたいがための手法なのかもしれませんが、1兆円という数字それ自体はあまり意味のあるものではありません。

事実だけを正確に伝え、そこから何を読み取るのかはそれぞれの読者に任せる。
そういう報道を望みたいと思います。

多数の個人投資家も含め参加者のすそ野が広い株式市場とは異なり、国債を中心とする債券市場は参加者が機関投資家にほぼ限られており、なかなか一般には馴染みがありません。

わかりやすい参考書として下記の2冊をおすすめしておきます。

こちらはまったくの初心者でも読める入門書です。

本当にわかる債券と金利

本当にわかる債券と金利

こちらはある程度、前提知識がないと難しいかもしれません。上記の本の次がよいかと。


*1:償却原価法は、保有している固定利付債券の利回りは一定であるという経済的実態を表すための簿記会計上の技術であります。償却原価法を使わないと、クーポン収入による収益だけを先に認識し、償却による費用が後ずれしてしまうという期間損益の歪みが起きてしまうことになります。厳密には利息法を使用しないと保有期間利回りは一定にはなりません。事例は簡便法である定額法であります。

*2:日本銀行は、2017年3月期決算により約4,813億円を国庫に納付することとなります。国税収入が約57兆円(28年度予算)しかなく、約5,000億円という国庫納付金は、自動車重量税や石炭席有税の税収に匹敵するほどの日本銀行の国庫納付金は貴重な財源であることがわかります。過去の国庫納付金は2016年3月期3,905億円、2015年3月期5,793億円となっています。

*3:日本銀行保有する国債は、時価法によっている民間銀行とは異なり、原価法で会計処理されており、時価の変動は貸借対照表や損益計算書には反映されていません。しかし、これは財務会計上のルールだけの問題であり、経済的実態として国債の時価が下落した時に日本銀行が影響を被らない、という意味ではありません。

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