マイナス金利政策は銀行課税か?
日銀が購入しているETFの信託報酬550億円について、「実質的に税金だ!悪の金融業界は大儲け!」などというヨタ記事を見かけました。
その妥当性はともかく…よく聞きます「マイナス金利政策は実質的に銀行課税だ」というお話を思い出しましたので、その「実質的な銀行課税」なるものについて、少々書いてみたいと思います。
マイナス金利政策で銀行が「負担」する費用は次の3つに大きく分けられるのではないかと思います。
②インターバンク市場でマイナス金利コール貸出を放出する際に相手銀行へ支払われるマイナス金利の負担。
③マイナス金利政策の間接的な影響で市場金利が低下し貸出金利や有価証券利息が減少する負担。
以下、順を追って考えてみます。
なお、銀行の負担という場合、銀行の所有者である銀行株主の目線を基本といたします。
①まず、民間銀行の日銀当座預金がある一定残高を超えると、マイナス0.1%の金利を日本銀行へ支払うことになります。
これは会計上の費用となり、税務上も損金ですので課税所得を減少させます。
仮に1,000のマイナス金利負担があるとします。
実効税率30%として、実質の銀行負担は法人税等の負担減少300を差し引いた700ですね。国庫(財政収入)から見るとマイナス金利政策のせいで税収が300減少してしまうことになりました。
日本銀行側では1,000受取りでこの分利益額が増加します。日本銀行も法人税の納税義務がありますので、
300を納税します。
民間銀行と日本銀行を合算すると国庫(財政)への影響はゼロですね。
②さて次にインターバンク市場です。
民間銀行Aが民間銀行Bにマイナス金利のコールローンを放出し100を支払います。
A銀行の負担は法人税30減少を勘案すれば70。
B銀行は100課税所得が増えますので30を納税します。銀行株主の手取りは70ですね。
銀行業界全体を見ればインターバンク市場でのマイナス金利貸借では損益が生じません。国庫(財政)への影響もゼロです。
実際には、個別の銀行毎に、赤字決算だったり繰越欠損金を抱えていたりすると上記の例の通りにはなりませんが、おそらく影響は軽微ではないかと推測されます。
③さて、いちばん大きいのは市場金利の低下による銀行の金利収入の減少です。
この反対側では支払い金利の減少という経済的利益を得ているのは資金の借り手です。
住宅ローン金利低下で多くの借り手が利益を得ています。
貸出金利も低下して多くの中小企業が助けられています。
国庫(財政)への影響ですが、銀行が課税所得を減らした分だけ借り手が経済的に利益を得ていますが、支払利息減少が所得を構成しない個人や、もともと赤字決算が多い中小企業の税負担を増やす効果は見込めません。
これを推計するのは非常に困難ですが、直感的には税収は減る効果の方が大きいのではないかと私個人は感じております。
さて①②③を通してみると、やはり銀行はマイナス金利政策により手取りを減らしているので、マイナス金利政策は実質的に銀行課税では?と思われます。
しかし、銀行株主は、その保有する株式の価値をマイナス金利政策の影響から逃れさせるため、利益を維持しろというプレッシャーを銀行経営者にかけるでしょう。
そうなると銀行経営者は課税を「転嫁」しようと試みます。
経済学の教えるところとして、課税の転嫁先として狙われるのは「逃げにくい経済的主体」です。
いちばん逃げにくいのは、安全な資金の預け先の選択肢がない預金者です。預金金利の低下ですね。もうほぼゼロに張り付いています。
次に逃げにくいのは終身雇用で転職もしづらい銀行従業員でしょう。銀行員の賞与切下げや福利厚生の悪化という形で転嫁されていると推測されます。
こうして「実質的な銀行課税」であるマイナス金利は預金者と銀行員が本当のところで負担しているという結論になりそうです。
以上、私のヨタ記事でした。
銀行の審査基準は固定されているわけではないというお話。
危機が到来するとワクワクしてしまうタイプです。
さて、市場急落ののなか、「銀行の貸し渋り・貸し剥がしが始まるぞ!」という呟きをお見かけしました。
銀行側としては「審査基準があって、それに合わない貸出先を弾いているだけだ」として、それは不本意な言われ方だ!と反発するのでは互いに断絶してしまうだけです。
借り手側には借り手の言い分があるわけでして、なぜ「貸し渋り・貸し剥がし」だと感じられてしまうのかということについて少々。
借り手という自然人や法人は景況の上下に関わらず、蝶や両生類のように変態するわけではありません。
法人であれ、事業をやっている代表者自身は生身の人間で、「俺は何も変わっていないのに、どうして期日が来たローンを折り返し融資してくれないんだ!」という憤りはもっともです。これは、借り手の立場からすると、「貸し渋り」でしょう。
また、いつも反復していた融資枠を更新してくれず、一括返済を求められてしまったら。これは、「貸し剥がし」ですね。
決算が赤字になったわけでもない、事業は(不安もありつつも)順調なのに。
この思いは、審査基準が急に変更されてしまったことに対する正当な抗議であると思われますが・・
ここで、貸し手の銀行の立場になりますと、借り手が何も変化していなくても、その属する業種自体の先行きが危ぶまれるというだけで、先の「審査基準の厳格化」が発動してしまうことも。
特にターゲットになりやすいのは、景気敏感業種である不動産業などが代表でしょうか。
さらに、金融庁や日銀などの金融監督・モニタリング当局は暗に「不動産業に注意しろよ」という指導を行ってきたりします。
大蔵省の昔とは異なり、あからさまな狙い撃ちの行政指導や窓口指導はありません。
でも、監督当局がある業種に対する融資状況をヒアリングしてきたというだけで、これはお上は融資を押さえろということなんだな、と敏感に融資態度が変わってしまいます。
また、当局の暗黙の行政指導がなくとも、銀行自身が先行きの景況を判断して、融資基準を厳しくしてしまうことも。
今は、当局の指導よりもこちらの方が多いでしょう。
審査基準は固定されているわけではないのです。
借り手自身が変化していなくても、業界全体の景況判断やその銀行自体の貸出ポートフォリオのリスク量が限度だとなれば、融資は絞られてしまいます。
借り手側にはコントロールできるものではありません。
理不尽に感じられることかと思いますが、生き延びるためには、これに対応していくしかないのです。
逆に、景況の急激な悪化を避けるために融資基準を緩和してくれるという報道もなされています。
絞られるか、緩和されるのか。
もう一度。銀行の審査基準はロックされていません。
あなたが生き延びるために、ぜひ、窓口の融資担当者の顔色を見に行ってくださいますよう。
(速報版)スルガ銀行2019年6月期決算を読む。
スルガ銀行の2019年6月期(4月〜6月、3ヶ月間)の決算が公表されました。
本日8月14日は、法定期限である決算日から45日目ですのでギリギリまで公表を引き延ばしていたことになります。
通常であれば、東証に速報版である短信を開示しそのあと1週間〜10日後に金商法の法定開示書類である四半期報告書を提出するというスケジュールになりますが、スルガ銀行は本日、短信と四半期報告書を同日に提出したことになります。
さて、損益状況からです。
単体で34億円の最終利益を確保しております。
与信費用も大きくは増加しておらず不良債権処理は峠を越えたようにも見えます。
銀行の本業の収益を示すコア業務純益は約100億円で前年同期比42億円の減少。
これのいちばん大きな原因は貸出金利息が約50億円減少したことによるものです。
またコア業務純益のなかには後述するワンルームマンションの証券化による売却益が約20億円含まれております。
これは1回限りの収益なので、これを除くコア業務純益は約80億なので、スルガ銀行の本業の収益力は昨年より約半分〜6割程度まで低下していることが読み取れます。
他に目立つのが株式等売却益が約18億計上されていて、証券化と合わせると38億の一過性の収益を計上しており、期間損益(黒字)確保はギリギリだとも言えことになるでしょう。
次にシェアハウス向けなど不良債権処理の状況です。
不良債権残高は3月期からほぼ横ばいで推移しており、最終処分はまったく進んでいないということが読み取れました。
これは不良債権を切り離ししたのではなく、正常先〜要注意先のローンを証券化し第三者の機関投資家へ売却したものです。
この取引で含み益を実現できますが、将来の利息収入を先食いしたもので売却後には利息が得られなくなってしまいます。
以上、簡単ですが速報版としてお届けします。
利回りの算出や証券化の詳細、役務利益の減少や預金動向などは後ほど詳細版として別稿にてお話しいたします。
「お金」に追い詰められても、明るく生きている人々について。
本日のお題はこちら。
- 作者: テツクル
- 出版社/メーカー: ベストセラーズ
- 発売日: 2019/08/01
- メディア: Kindle版
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本書の舞台は「街金」です。
街金は、銀行や信用金庫でお金を借りられなくなった人が、最後の方で頼る金融会社です*1。
本書に登場する街金からお金を借りる人は、かなり追い詰められているはずなのですが、妙に明るいです。
法律違反行為や社会道徳に反するような行為を働いていることもありますが、ちっとも悪びれていないし、良心の呵責とかいうものにも無縁にも見えます。
かなり救いのないお話が続くのですが、著者テツクルさんの軽妙な筆致のせいか、暗くなったり悲惨な読後感にはならないように思います。
お金そのものは、きれいでもなく、汚くもありません。
それを悪に染めてしまうのは、やはり人間なんだなあ、と。
不思議な読後感が得られる一冊です。
アマゾンの倉庫で働くこと。ジャンクフードで生存を満たすこと。
本日のお題はこちら。
アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した?潜入・最低賃金労働の現場?
- 作者: ジェームズ・ブラッドワース
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2019/03/22
- メディア: Kindle版
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誰かがクリックすると、彼は歩かなければならない。
アマゾンの倉庫。
歩数を計測される機械を腕に装着されて一日中クリックされた荷物をピッキングする絶望的に単調な仕事。
1日平均16キロを歩かされる。昼食は30分だけ。
いつもマネージャーに監視され、ちょっとしたミスを詰られ罵倒されて、尊厳を傷付けられる
定められたペースに追い付かないとペナルティポイント。
ある点数を超えると解雇さえれてしまう。
仕事が終わると、足はむくんで膨れ上がり疲労困憊。
欲しくなるものは、塩分と油分たっぷりのジャンクフードとアルコールだけ。
ブロッコリーを茹でる気力もない。
ストレスでジャンクフード、アルコール、タバコが増える。
炭鉱が廃坑となり、さびれた英国の田舎町にできたアマゾンの倉庫。
900人の雇用を生み、地域が再生できると期待されたのに。
得られたのは時給7ポンド(1000円弱)の人間の尊厳を奪うような単純労働。
イギリス人は耐えられずに辞め、そこを埋めたのはルーマニア人など東欧からの出稼ぎ労働者。
彼らはジャンクフードで生存を満たすのが精いっぱいで、言葉をもたない。
英国人のジャーナリストが実際に働いてみたのが、この世界でした。
低賃金労働者は愚かだからジャンクフードを食ってブクブク肥満し、アルコールとタバコに耽溺すると思っていたのに。
人間としての尊厳を奪われて過酷な労働に痛めつけられれば、ジャンクフードくらいしか逃げ道はありません。
人は、こんなにも弱いのです。
これは2016年に書かれた本です。
アマゾンの倉庫ではピッキングの自動化も進みつつあるとの報道もあります。
最後には倉庫は無人になってしまうのでしょう。
その日、時給7ポンドとジャンクフードで生存を確保していた人々は、どこへ行くことになるのでしょうか。
不動産投資に失敗しても、やり直せる手段を選べる社会に。
本日のお題はこちら。
- 作者: 藤田 知也
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2019/05/14
- メディア: Kindle版
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日本経済自体の地盤沈下によって年収UP自体が望めないこと、
年金など社会保障制度に対する不信・不安、
超金融緩和環境による銀行の貸出競争など。
ローンを借りて不動産投資を行う方が増えていたようです。
しかし、最初から採算が見込めない自転車操業状態だったかぼちゃシェアハウスの問題が明らかになり、合わせてスルガ銀行などの不正融資が発覚して多くの不動産投資家が家賃収入ではローンを返せなくなる事態に追い込まれている、と報道されております。
本書は、悪質な不動産業者や金融機関のモラルのなさを厳しく批判し、その実態に警鐘を鳴らしております。
悪いのは不動産業者やそれに協力して不正融資までやる銀行であり、投資家は善意で騙されているだけだ、というスタンスのように書かれていたように思います。
確かに、百戦錬磨の不動産業者や、借り手を食い物としか見ていない銀行にとって騙されてしまう投資家は、被害者であるという一面もあるのでしょう。
しかし、被害者は自分たちは騙されただけなので、破産などの法的手続きはしたくないという言い分をしているのには違和感を覚えました。
破産という手続きは、支払い不能になった場合にある財産を債権者に公平に分配してそれで「終わり」にするだけであり、破産者を道徳的に非難するものでもなんでもないはずなのですが。
破産という「恥ずべき事態」には陥りたくない。
破産は「穢れ」であるかのようにとらえているのでしょうか。
法的手続き自体は価値中立です。
失敗してしまったら、誰もが利用して再出発できる公平な制度です。
現代の日本は、古代のように債務を返済できなくなったら奴隷として一生を拘束されてしまうような社会ではありません。
やり直す手段はあらかじめ用意されているのですから、弁護士に依頼して、また再出発すればいいのではないでしょうか*1。
優先株出資と銀行融資の間に。
本日のお題はこちら。
地域金融復権のカギ「地方創生ファンド」―共感・感動のスモールビジネスを育て、日本を変える
- 作者: 松本直人
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2019/03/15
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投資ファンドといいますと、一般には次のようなイメージでとらえられているのではないでしょうか。
まず、社会の在り方を劇的に変えるような革新的なアイデアを持ちながら、資金が不足している起業家を見つけだし、そのアイデアを事業化するために必要なお金を株式の形で投資。
首尾よく、そのアイデアが事業化されて株式を上場させることで、起業家とともに莫大な上場益を得る・・というものでしょう。
本書で紹介されている「地方創生ファンド」は、そういう「派手なもの」ではありません。
地場で、ちょっとした課題を解決できるようなアイデアを持ちながら、事業実績や担保がないために既存の銀行から融資を受けられない起業家をみつけて、優先株で出資。
事業が軌道に乗れば、その優先株を(プレミアムを乗せて)起業家に買戻してもらうことで投資利益を得る、という割と、地味なものです。
ところで、本書の著者が代表を務める様な投資ファンドは、起業家の必要を満たすような資金を手許には持っていないのが通常です。
ここで、ファンドへ資金を出してくれるのが、預金をバックにした資金を豊富に持つ地域金融機関です。
ここで、疑問がでるでしょう。
融資の審査基準に満たないからお金を出せないはずなのに、なぜ、優先株出資ならできるのか、という。
銀行は企業へ融資を行った場合、一定の利息を支払ってもらい、なおかつ元金も回収していかなければなりません。
これに対し、優先株出資ならば、利息を払う必要はありませんし、元金を返す必要もありません。
起業家が持つアイデアは、確実に事業化できるとは限りません。
銀行融資というものは、最初に決めたとおりに元利金を支払いしなければならないので、不確実な事業のアイデアの実現に必要な資金の調達手段としては、不向きなのです。
本書、金融の専門家でもない読者でも理解できるようにいろいろ理屈を単純化してわかりやすく書いており、このあたりの説明も曖昧です。
一般向け書籍としては、じゅうぶんでしょうが、ちょっと追加してお話いたしました。
さらに詳しく、銀行側がなぜこういう地方創生ファンドへ出資するのか、という点に関しては、また別稿を書こうと思います。