すらすら日記。

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銀行業のキャッシュ・フロー計算書を読む。(その1 営業CF編。)

本稿では、銀行の財務報告(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、連結キャッシュ・フロー計算書など)の読み方について解説していきたいと思います。
銀行の財務報告は、業法特有の表示方法や科目名が使用されており(売上高も営業利益もありませんし、流動資産と固定資産の区分けもありません)、一般にはあまり馴染みがないのはもちろん、企業会計や財務開示について関心がある方でさえ、その意味するところが分かりにくいとも聞いております。
銀行セクターのアナリストの方々は銀行の財務報告の読み方に精通しているでしょうが、それは投資対象としての有望性などを評価するものであり、その読み方について解説しようとする本稿とはまた別物ではないかと思われます。

私は、企業内の一実務家であり、投資対象としての銀行セクターの有望性などについて評論できる立場ではありません。しかし、長年に渡り銀行の財務報告を作成してきた実務家の立場として、その財務報告が何を表しているのか、その読み方を解説できるのではないかと思います。

もちろん、本稿は、公開されている決算短信有価証券報告書、計算書類などの読み方を、市販されている「銀行経理の実務」などを参照しつつ解説するものであり、いっさいの内部情報を含んでおりません。
念のため、お断りしておきます。

なお、本稿を読みこなすために、初歩的な会計や財務報告制度などの基礎知識・金融の仕組みについての理解があれば望ましいですが、会計や金融、投資の専門家ではない方でも読みとけるよう、できる限りわかりやすく書いていく方針です。

さて、最初に、ほとんど注目されることもない、銀行のキャッシュ・フロー計算書について解説したいと思います。「意味が無い」とも評される銀行のキャッシュ・フロー計算書ですが、これを読み解くことで、どのような活動をその銀行が行っているか推測することが可能となり、やはり、企業の実情の理解に資することができます。

営業キャッシュ・フロー(CF)は、その会社が本業である営業活動で、過去1年間にどれだけの「現金」を稼得することができたかを示しております。
単純化して言えば、損益計算書の営業利益が、発生主義ベースにより本業でどれだけの「利益」を稼得したかを示しているのに概ね対応し、これを現金ベースに引き直したものに近いと考えることもできます。
営業CFがマイナスであるということは、事業を続けるほどに会社から現金が流出していくということであり、これは創業時などごく短期的にならともかく、3期くらい連続してマイナスということであれば、事業の存続自体が危ういということを示しております。

ところが、銀行の営業CFは多くの事業法人(金融法人以外の「実業」を行う法人をこう呼ぶことがあります)とは異なり、しばしばマイナスになっていることが観察されます。

リンク先の三菱UFJフィナンシャル・グループ決算短信を参照ください。

www.mufg.jp


中ほどに(3)連結キャッシュ・フローの状況という欄があり、28年3月期の営業CFは+6兆7,544億円の収入超過(現金の増加)ですが、27年3月期の営業CFは△2兆957億円の支出超過(現金の減少)となっています。
さらに遡りますと、26年3月期の営業CFは△4兆890億円、25年3月期は△2,486億円と3期連続でマイナスです。
この間、三菱UFJFGは、損益計算書では1兆円前後の当期純利益を計上し続けております。

これは、三菱UFJFGが「本業では現金を稼得出来ず、事業として成り立っていなかった」にも関わらず、最終的に多額の利益を稼得することができたという、なかなか考えにくい状況を示しているのでしょうか?

営業CFがマイナスであるからといって、その銀行が本業でキャッシュを稼げていないということを示しているわけではありません。
そもそも銀行には損益計算書上に営業利益という指標が存在せず、「本業」とは何か、という議論があります。ここでは、銀行の本業とは、預金を利息支払して調達し、それを原資として、利息を受け取ることができる貸出金運用や有価証券投資を行い、その貸出金・有価証券利息収入と、預金利息支払いの鞘(利鞘)を稼ぐことを示す、ということを前提としたいと思います。

銀行の営業キャッシュ・フローは、この利鞘の稼得による現金の増減だけを表しているのではなく、その利鞘の基となる預金・貸出金の増減まで混在していることが原因で、必ずしも「本業での現金の稼得」を示すことができていないということになります。
これがどういうことなのか、順を追って解説していきます。



なお、有価証券の増減は「投資キャッシュ・フロー」になりますので、これは稿をあらためて説明いたします。

具体的に理解するために、先ほどの三菱UFJFGの決算短信をお手元で開きながら読むと一層わかりやすいかと。営業CFがマイナスになっている期について説明しますので、最新の28年3月期ではなく、並列されている前期の27年3月期の数字を例示として使用します。

銀行業のキャッシュ・フロー計算書も、多くの事業法人と同じく間接法で作成されています。間接法とは、税金等調整前当期純利益(27年3月期 1兆6,147億円)から出発し、減価償却費等の現金の入出金を伴わない費用を足し戻しし、他の現金の動きは資産・負債の増減により間接的に計算する一種の簡便法ですね。

まず、最初に利鞘の稼得です。損益計算書において収益は「資金運用収益」、費用は「資金調達費用」で表されています。27年3月期は資金運用収益(+)2兆8,062億円、資金調達費用は(△)6,247億円です。これらは、発生主義会計で作成されているため、実際の現金の収入・支出を示しているものではありません。
そこで、連結キャッシュ・フロー計算書では、いったん、その逆数を入れて、税金等調整前当期純利益に含まれている資金運用収益・資金調達費用を控除します。CF計算書の中ほどに、資金運用収益△2兆8,062億円、資金調達費用(+)6,247億円と損益計算書の数字と同額ですが、正負を逆にした数字が入っているのが見つけられると思います。
次に、預け金利息、貸出金利息、有価証券利息配当金などの資金運用収益については、会計上、当期に発生しているが現金を受け取っていない未収収益の額を控除し、会計上は前期に収益計上したが、当期に現金を受け取った額を加算して発生ベースの収益を現金ベースに引き直しします。前受収益についても同様です。
こうして引き直した資金運用による収入が、(+)2兆9,173億円になります。
金利息などの資金調達費用については、会計上、当期に発生しているが、現金は支払っていない未払費用の額を控除し、会計上は前期に費用計上したが、当期に現金を支払った額を加算して発生ベースの費用を現金ベースに引き直しします。前払費用についても同様です。
こうして引き直しした資金調達による費用が、(△)6,363億円になります。
これらの差額が、実際の資金運用・資金調達の差額である営業CFの一部となります。
三菱UFJFGは、1年間の(+)2兆9,173億円+(△)6,363億円=2兆2,810億円の現金を稼得したことがわかるわけです。

ところが、これは営業CFの一部であり、この他に資金運用・資金調達そのものである預け金、貸出金(銀行からみて資産)、預金(銀行からみて負債)などの元本部分の増減まで営業CFに含まれて表示されていることになります。

資産負債の増減と、キャッシュの増減の関係は次のように考えるとわかりやすいです。
キャッシュは会社から見て資産であり、これが借方に来れば、キャッシュの増加、貸方に来ればキャッシュの減少です。

勘定科目の当てはめなど、応用的な簿記の知識・技能は必要ありません。また、銀行内部で行われている正確な事務フローのついての専門的な知識も必要ありません。
次のルールのみ念頭に置いて以下の説明をお読みください。

資産の増加・負債の減少=借方
資産の減少・負債の増加=貸方

銀行にとって、貸出金は、借り手に対して利息を付けて返還を請求できる「財産」であり、「資産」に計上されます。
貸出金が新しく実行されると、貸出金という資産が増加し、相手勘定は、現金の減少です。
短信のキャッシュ・フロー計算書を参照しますと、「貸出金の純増(△)減 △5兆9,090億円」とあります。これは、1年間で5兆9,090億円貸出金が増加したことを表しており、キャッシュ・フローを仕訳で示すと次のようになります。

(借方)貸出金 5兆9,090億円/(貸方)現金 5兆9,090億円

実際には、貸出金は実際には借り手の預金口座に振り込まれ、その後、商取引等の代金として預金口座から払い出されていくこととなります。これをいちいち追いかけて仕訳を行うことは極めて煩雑ですし、キャッシュ・フロー計算書を作成する上では不要なものです。上記の仕訳は、実務的・中間的な事務フローは捨象し、「現金」の増減のみに焦点を当てて記述したものです。

次に、預金は顧客から預かっているものであり、預金者に対して利息を返還しなければならない「債務」であり、「負債」に計上されます。
預金を新しく預かると、預金という負債が増加し、相手勘定は、現金の増加です。
短信のキャッシュ・フロー計算書を参照しますと、「預金の純増減(△) 6兆7,939億円」とあります。これは、1年間で6兆7,939億円預金が増加したことを表しており、キャッシュ・フローを仕訳で示すと次のようになります。

(借方)現金 6兆7,939億円/(貸方)預金 6兆7,939億円
実際の現金の動きについての説明は貸出金と同じですね。

これを比べますと、貸出金・預金の運用調達で、△5兆9,090億円+6兆7,939億円=8,849億円の現金増加です。貸出金・預金だけに限れば、現金収入増であることがわかります。

ところが、営業CFの合計は△2兆957億円の支出超過(現金の減少)です。そこで、他の項目による増減を見ますと、いちばん大きな金額として「預け金(現金同等物を除く)の純増(△)減  △ 13兆35億円」となっています。これは、資金運用の一つとして、他の銀行へ預け入れした額が13兆円増加(現金は減少)したことを表しています。
また仕訳で表すと、以下のとおりとなります。

(借方)預け金 13兆35億円/(貸方)現金 13兆35億円

預け金が大きく増加したことを大きな要因として営業CFの合計がマイナスになっているようですね。
預金・貸出金の増減ではこの13兆円は説明できないので、他の項目を見てみますと、債券貸借取引受入担保金の純増減 2兆円増加、信託勘定借の純増減 1兆円増加などもありますね。いずれも負債勘定で、銀行外部からの調達になります。
これら営業活動による現金調達では賄いきれないため、営業CFがマイナスになっているわけです。

まとめますと、資金運用収支では2兆2,810億円の現金を稼得したのですが、資金運用収益・資金調達費用を生じさせる預金、貸出金、預け金、債券貸借取引受入担保金、信託勘定借の元本の増減等、多数の項目で4兆円以上のマイナスを生じ、合計では2兆957兆円の現金支出超過となっていることを表していることになります。

では、このマイナス2兆円はどこから「持ってきた」(あるいは出て行った)のでしょうか。

これは、営業CFの下の項目である「投資活動によるキャッシュ・フロー」「財務活動によるキャッシュ・フロー」を読み解いていかなければなりません。
これは、次回に。



なお、営業CF減少の最大の要因であった「預け金(現金同等物を除く)の純増(△)減  △ 13兆35億円」には、日本銀行への預け金は含まれておりません。
キャッシュ・フロー計算書における現金には、日本銀行券、補助貨幣の他、現金同等物として日本銀行への預け金も含まれております。
こちらについても、次回、解説いたします。

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