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すらすら日記。

すらすら☆

職場内の自称「専門家」への対策について。

専門的と思われる金融の仕事でも、そのかなりの部分は「高度な訓練や専門知識を習得していなければできない」という性質のものではないと思っております。

平均的に読み書きができて、四則演算と基本的なパソコンスキルがあればできる。

金融の仕事に限らず、オフィスで行われる事務などの大部分はそのとおりではないかと。

ところが、いたずらに仕事を囲い込んでブラックボックス化し、他の人に触らせないことで自分は専門家であると錯覚しているような類型が観察されます。

「余人をもって代え難い」という状況を作ってしまうのは、組織で仕事をしている以上、あってはならないことかと。

管理職の役割は、「自分は専門家だ、他の輩には俺の仕事は触らせない」などと勘違いしている方のブラックボックスを解き明かし、誰でもできるようなかんたんな仕組みに作り替えることでしょう。

本来、専門家とは柔軟なものであり、世の中の新しい動きに適応して、自らスキルを磨いていくもの。

「俺のやり方」を通そうとする、お局やベテランと呼ばれるような方々は、自称「専門家」でしかありません。

若く将来のある人々に道を拓くためにも、そういう過去の人物には退いてもらわねばならない。



そのために、何ができるか。考えております。



アルコールで酩酊したときに出てくる言葉について。

もう何年も前の話ですが、一緒に飲み会に行っていた方(X氏としましょう)から絡まれたことがありました。

どういう話の流れだったか、はっきりはわかりませんが。

いきなり「お前のやっている仕事は単純で価値が無い、そんなのは派遣社員にでも任せて部署を異動すべき」とか。

びっくり。

私が当時やっていたのは、会計・税務の仕事。

単純な記帳事務だけをやっていたわけではないのですが・・

そのX氏には、そう見えていたのかもしれません。

絡んでいた方は、だいぶ酔っていたらしく。

アルコールで酩酊して、普段は隠していた本音が出たのか。

それとも、心の中にはそんなことは存在しないのに、アルコールによって急に暴言が形作られたのか。

いずれにせよ、びっくりしました。


なぜ、こんな昔の話を思い出したかといいますと、そのX氏がひどく酒癖が悪いという話が聞こえてきたためです。

でも、その人はそういう人だから、と。

いや、そういえば、私も何年も前にそんなことがあって絡まれたな、と。


もちろん、私はそのX氏とは二度と呑みには行っておりません。

コンプライアンスとかパワハラ防止が叫ばれる昨今ですが、酒のうえの「やらかし」にはずいぶん寛容であるような気もします。

アルコールで酩酊したとき、その場合に出てくる普段と違う言葉も含めてその人の人格ではないか。

何か、別のものであるかのように取り扱う風潮について、疑問も感じております。



理想の上司ではなく、せめて、標準的な上司を。

新卒での配属や定期的な人事異動でどんな部署に配属されるか、そこにどんな上司・同僚がいるかというのは、運の要素が大きいでしょう。

本当は、新人に対しては、ある程度の水準をもった標準的な教育指導ができればいいのですが・・

人事部門が主催する研修は例外として、ある程度、組織が整っている企業でも、現場での指導はそこの上司や同僚に大きく左右されてしまいます。

その上司が・・

「やり方は前の資料を見てその通りに作れ」とか

「やり方は自分で考えろ」とか

完全放置で何も教えてくれない・・まさかと思うかもしれませんが、本当にこういう上司はゴロゴロいます。

もちろん、企業は高校までの学校とは違いますので、一つ一つ丁寧に指導してくれるはずがないのは、ある程度はやむを得ない部分もありつつも。

良い上司に当たれば、

「なぜ、この仕事が必要なのか」

「この数字は、どのような意味があるのか」などを

しっかり教えてくれれば、最初の2~3年で放置・丸投げ上司の下に配属された方とはたいへんな差が出てしまうのではないかと。



ドラマやマンガに出てくるような理想の上司は実在しないでしょう。

でもせめて、標準的なことを標準的な方法で教えてくれる上司を揃える。

それが、企業の責任では無いのでしょうか。


人間関係の「リセット」の効用について。

高校生から生まれた街を離れました。

その後も大学は東京へ出て、また戻ってきて、人事異動のサイクルが3年程度の企業へ勤めることに。

進学や就職、人事異動で場所を移ることで、人間関係をその都度、リセットしてきたような気がします。

地元に帰省してももう会ってくれるような同級生はおりません。

もう、東京などへ出て行っていたり、文字通り他界してしまったりして、親しかった人は誰もいない。

勤めてからも、一日のうちかなり長い時間を過ごす職場の人同士でも、転勤したら、ほぼそれっきりでした。

学校や職場は、ヘタをすると家族よりも長い時間を一緒にいたりするので、どうしても人間関係が濃くなってしまい、お互いの合わない部分がひどく気になったりするもの。

そうなると、人間関係が濃くなり過ぎて、ウンザリしてきたものです。

職場では自分が異動しなくても周りが定期的に動いていきますから、同じ人間関係はそんなに長くは続かない。

あまり、他者に内面まで踏み込んで欲しくない自分にとっては、このリセット感は救いでした。



逆に、地域の転勤のない職場などで、ずっと同じ人間関係が続き、リセットがないとしたら。

ずっと濃くて、わずらわしくて。

人の力関係とか、誰かへの気遣いとか。


地域社会の絆、などという言葉を聞く度、リセットのない人間関係は地獄ではないかと。




また、春が来て、少しづつリセットされるのを楽しみにしています。



残業削減の可能性は中間管理職の意識と行動にかかっている?

電通の過労自死事件、政府主導の「働き方改革」の呼びかけなどもありましてあちこちの企業組織で「残業を減らそう」という動きがあることと思います。

私のところでも、従来から残業を減らそうというのはやっておりましたが、さらに数値目標付きで「残業削減」目標がおりてきました。

経営層は、「残業を減らして早く帰ろう、スッキリした頭で良い仕事を」と呼びかけるだけじゃなくて、無駄な仕事を減らすためにいろいろ「心構え」的なことも提唱しています。

例えば、会議資料の出来栄えについてコメントを言うのは禁止、あくまで内容について!というのは面白いな、と。

フォントとか、表の形式とか、好みの問題でネチネチ資料を直させる方もいましたので・・


さて、本気で残業を減らすためには、実際の業務フローのやり方を決めており、進捗を管理している現場の中間管理職の意識も変えていくことが必要かと。

ただ、経営層から残業を減らしてくれと言われたから・・

「来月から残業減らしてください。残業削減のために各自、非効率なところを見つけて工夫してください」と現場スタッフに丸投げしている場面もチラリと見えておりまして・・

現場の業務フローのやり方を決め、進捗管理をしているのは他ならぬ中間管理職でして、その管理職が「残業削減の方法を自分で考えろ」というのは完全に職務放棄ではないかと。。

スタッフは決められたことを決められたとおりにやるのが仕事。

管理職は何がスタッフの残業の原因になっているのか把握し、捨てる部分・効率化する方法を考えなきゃなりません。

無理を要求する顧客や社内の別部署との交渉も管理職の仕事ですね。



それをやらずに・・

仕事の進め方は今まで通り

各自工夫して効率化を考えろ

削減数値目標あり

残業したのに時間外記録をしないのは厳禁

持ち帰りも絶対ダメ。


不可能を要求していませんか?


残業削減の可能性は、経営層の呼びかけだけじゃ足りなくて、中間管理職の意識と行動にかかっているんじゃないかな、と考えております。

小室淑恵さんの本はかなり読んでます・・w


人柄と職務能力の関連性について。

人格がクズ過ぎるけど、やたら仕事ができるという人物の類型に関しては、たくさんの該当例を見てきました。

逆に、人柄は素晴らしいのだけど、ぜんぜん仕事ができなくて何をやらせてもダメという方は見かけません。

仕事ができない人というのは、どこか捻くれたものの見方をしていたり、子どもじみた言い訳や取り繕い行為をしたりして、「性格に問題がありそうだな・・」という印象も。

ひょっとして、仕事ができないということで上司から叱責を受け続けたり、日常的に同僚にバカにされたりしているうちに、性格が歪んでしまうのかもしれません。

本来、仕事の能力の高低に関わらず、誰もが職場でも平等な人格として尊重されなければならないという建て前はありつつも、仕事ができない、というだけで日常的に軽く扱われてしまうということもありそうです。

もちろん、職場の大部分の人間は、ごくごく普通の人で、職業能力も普通なわけです。

そういう普通の人の集まりの中に、「人格クズ・仕事ができる」「性格が歪んでいる・仕事ができない」という類型が少数ながら混ざっている。

どこの組織も、そんな感じでしょうか。



ところで、「性格が歪んでいる」などというのは筆者の偏見で、その「仕事のできない人」なる方も、深く付き合ってみたら、本当は「いい人」なのかもしれません。

でも、ゆっくり論理的にやるべきことを説明されても、人の話を聞かずに自分の都合ばかり言う、決められた期日を勝手な判断で破るなど、「信用できない」特徴を備えた人と、仕事を離れたとしても深く交友を持てるでしょうか。


様々な人間の姿を見て、そんなことも考えております。



表情に感情が貼り付いてしまったような方は・・

私自身は、職場で必要以上にプライベートに踏み込んだりするような人間関係はあまり求めておりません。

でも、あまりに職務能力が欠落していたり、人柄に問題があったりするゆえか、あまり話しかけられることもなく、ただ定時が来るのを待っているかのような方を時に見かけると、これもまたつらいだろうな、と。

たまに仕事上のことでうちあわせしてみても、10年以上も前の話を蒸し返してみたり、何が議論すべきポイントなのか理解できないのかまるで的外れな受け答え。


そういう方は、どこでも上手くいかずあちこちの部署をたらい回しされたり、あるいは左遷部署とされるような孤立したセクションにずっとつけ込まれてしったり。

ある意味、組織の犠牲者なのかもしれません。


いえ、私が憶測するように「つらい」などと思っていないのかもしれず。

組織の外に、別な楽しみがあるのかも。

それでも、何か、不平不満が表情に貼り付いてしまったような顔つきを見るに。

どこかに居場所があるのでしょうか。

余計なお世話だ、と言われるかもしれませんが、そんなことを時々、感じております。


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