お金を木の葉からじゃなくて「信用」から創り出すお話。
狸が木の葉をお金に変えてしまう昔話を聞かされて、「道端に落ちている木の葉をお金に変えられたらなあ」と空想したことがあるのではないでしょうか。
もちろん、これはお伽噺でして、狸ならぬ人の身では木の葉からお金を創り出すことはできません。
今日、流通しているお金を見ますと、「日本銀行券」と書かれています。
お金を創り出しているのは、日本銀行という特別な法人です。
法律によって特別に認められて、強制的に流通する日本銀行券というお金を発行しているわけですね*1。
日本銀行券が精密な印刷技術で作成されています。これを勝手に作ること=偽札作りは重い罪に問われてしまうことになります。
ところで、日本銀行以外でも、「お金」を創り出せる存在があります。
それは、こちらも法律によって特別に認められて「預金」を受け入れることができる存在である「銀行」という特別な法人です*2。
銀行は、みんながもともと持っている日本銀行券=お金を預かり、請求されれば、また日本銀行券で払い出してくれます。
この段階では、お金は創り出されていません。ただ、同じ価値があるもの同士を交換しているだけですね。
銀行には、預金を預かる他に、お金が手元にないけど使いたいという者に向けて貸出を行います。貸す時は、いつまでに、利子をつけて返すのか、書面で契約書を交わしますね。
この時、みんなから預かっているお金(=預金)を貸し出しているのでしょうか?
実は、違います。
「銀行が貸出を行うためにはあらかじめ日本銀行から同額の現金を引き出して用意しておかなければならない」
— すらたろう (@sura_taro) 2017年8月9日
「銀行が貸出を行うためにはあらかじめ他の預金者から貸出金と同額の預金を預かっておかなければならない」
これ、どちらも誤解です
銀行は、みんなから預かっているお金を金庫にしまっておいて、借りたいという人が現れたらそれを取り出して渡しているのではありません。
また、日本銀行の大金庫にしまわれている日本銀行券を取りに行って、借りたいという人に渡しているわけでもないのです。
貸出を行う時、銀行は、「この人は将来、約束通りお金を返してくれるのだろうか?」ということを見極めて審査します。審査が基準をクリアしてくれば、借りたいという人が銀行に持っている預金口座に、電子的に書き込みを行います。
「預金 1億円」と。
この預金1億円という通帳に書き込まれた数字は、銀行の預金窓口に行けば、預金残高を減らすということと引き換えに日本銀行券に交換してもらえます。
お金に変えられたのは、木の葉ではありません。
お金を借りたいという人が、将来、何か価値を生み出すことをして、ちゃんと返してくれるだろうという「信用」がお金を生み出したのです*3
借りた人は、お金をタダでもらえたわけではなく、将来、利子をつけてお金を銀行に返すという約束(=負債、債務)を負っているわけですね*4
銀行も、お金を借りた人も、偽札作りで逮捕されたりしません。
信用という、目に見えないものからお金が創り出されました。
長くなりましたので、創り出されたお金の行先については、また稿をあらためまして。
この辺りをやさしく説明してくれるテキストはなかなかないのですが、下記の2冊を挙げておきます。
- 作者: 池尾和人
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2014/02/07
- メディア: Kindle版
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- 作者: 内田浩史
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2016/12/26
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入門レベルの経済学の知識があれば、さらに理解がすすむと思います。
*1:実際に日本銀行券を印刷しているのは、独立行政法人国立印刷局です。
*2:本記事では、銀行や信用金庫等を総称して「銀行」と呼びます。預金保険法第2条に掲げられている銀行、長期信用銀行、信用金庫等が預金保険法上の金融機関になります。厳密な法令上の規定ではここに掲げられている金融機関が扱っている金融商品のうち、同条②に掲げられているものが預金というものになります。経済的な性質では、農協や漁協が受け入れている貯金も、預金と変わりありません。
*3:これは、教科書では、銀行による信用創造として説明されています。借りる人の信用だけでは足りず、他の人の信用=保証人を立てることや、返せなくなった時に換金するための担保を銀行から要求されることもあります。
*4:将来、お金を返すという約束は目に見えません。これは企業の帳簿に借入金と記入されるだけで、物理的な形があるわけでないのです。借り手が企業ではなく個人なら、帳簿すら存在しないでしょう。