匿名の金融資産としての現金は廃止できるのか?
本日のお題はこちら。
- 作者: ケネス・S・ロゴフ
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2017/05/23
- メディア: Kindle版
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捜査機関や税務当局は、「お金の流れ」に対して目を光らせております。
今日、金融機関の窓口で取引口座を開設しようとすれば、厳格な本人確認を求められます。
そして、本人確認済みの預金口座に出し入れすれば、どこの金融機関の窓口で、何年何月何日何時に、いくら入出金したかが明確に記録されてしまいます。
犯罪による非合法な収益や、ビジネスそのものは合法的なものであっても、売上隠しなどの脱税行為による「お金の流れ」は、当局の目からは隠しておきたいものでしょう。
預金口座を通してしまえば、「お金の流れ」は銀行の電子的な帳簿にすべて記録されます。
当局は、法律で与えられた権限をもって、容易に「お金の流れ」を把握でき、犯罪収益や脱税資金を隠すことは難しくなってしまうわけです。
しかし、「お金の流れ」を隠す最強の手段があります。
現金、それも高額紙幣です。日本では、1万円札ですね。
何かの代金として現金を渡すとき、売り手も買い手も、本人確認は求められません。
完全匿名です。
現金を受渡しても、どこの帳簿にも記録されません。
当局が調べようと思っても、どこにも記録されていないわけです。
麻薬取引をする際、代金を銀行振り込みにする犯罪者はいないでしょう。
麻薬売買は、現金で決済されます。
脱税を図る店主が、客から代金を現金で受け取れば、売上の記録はどこにも残りません。
隠しておいた現金は、腐ることもありませんし、いつまでも保存しておけます。
昨今はずっとデフレ基調ですので、インフレによる目減りも心配ないですね。
本書では、高額紙幣が残ることによる脱税や犯罪取引の様々な弊害を挙げ、「現金の廃止」を提言しております。
ただし、すべての現金を即時に無くしてしまうのではなく、少額の現金(1000円札やコイン)は残し、段階的に電子化していこうというものです。
日本はGDPに対して高額紙幣が出回っている額が大きく、相当程度の地下経済が存在しているものと推測しております。
本書では、もう一つ、「ゼロ金利で元本保証の匿名金融資産」である現金が、中央銀行の金融政策への大きな制約(特にマイナス金利政策の効果を減殺)として機能していることも論じられています*1。
ふだんからお財布に入っていて、当たり前に使用している「匿名・ゼロ金利・元本保証」の金融資産としての現金。
その現在と未来について、考えることができる知的刺激に満ちた一冊となっております。
引用とコメントはこちらもご覧ください。
twitter.com
*1:私個人としては、金融政策への制約としての現金の存在に関心が強いのですが、かなり専門的な分野となりますので、本記事では詳しく書きません。
youtube無料動画で鮮やかな会計理論ROE講義を聴こう!
youtubeで無料で学べる会計理論の講義をご紹介いたします。
大阪大学大学院准教授、村宮克彦先生による「理論解説 会計の概要とROE」です。
「理論解説」会計の概要とROE(1/2)
「理論解説」会計の概要とROE(2/2)
昨今、大学・研究機関などが配信する無料動画もずいぶん増えてきました。
その中にはブツ切れで中途半端だったり、どういう人を対象にしているのかよくわからない水準のものも多く、なかなか「当たり」がありません。
村宮先生の「理論解説 会計の概要とROE」は、企業経営者、あるいはこれからビジネスの世界に入ろうとする方々に向けて、簿記会計の知識がまったくなくても初歩から会計を学べる講義で、久しぶりに「当たりだ!」と思えるものです。
会計が社会でどのような役割を果たしているのか、ということから始まり、貸借対照表・損益計算書の構造の説明を経て、昨今話題になっているROEの理論の説明まで、90分の講義で解説を聴くことができます。
なかでも、「当期純利益が株主(だけ)に帰属するのか」「株主にとって良い会社とは?」という説明は実に鮮やかです
会計に詳しくない人に対しては、こう説明すれば理解してもらえるのかも!ということで目から鱗が落ちました。
絶賛しましたが、まだパイロット版ということで、いくつか。
スライドの文字が見えづらいです。先生のスムーズな説明があるのでスライドを読む必要はないのですが、特にスマホではほぼ見えません。
もう少し明るさや文字の大きさなど工夫出来るかもしれません。
90分という講義時間は忙しい実務家にとってなかなか一気に見るには長いです。
10~15分刻みで動画を分割すれば、視聴者が増えるのではないかと思います。
なお、こちらは「無料WEB経営学講座」WATNEYの一部ですね。
watney.co.jp
これから続きが配信されるようなので、楽しみにしております。
働くことと、人間の尊厳について。
企業組織内部においても、コンプライアンスが叫ばれる昨今です。
建て前としては、どの社員も、人として尊重され公平に扱われなければならない、とされています。
ただし、社員も皆、同質なわけでは無く、仕事を与えられても期限を守れない、成果物の品質が低いという人がおります。
仕事が「できない」社員というものが存在するわけです。
その人は次のような扱いを受けてしまいます。
上司からは叱責され、若手からは軽侮され、果ては補助的な仕事をしているパート職員にまで「できない人だよね」などとウワサを立てられてしまう。
公平処遇を建て前としつつも、人間の集まりである以上、その職場での価値が低いとされてしまえば、日常的に尊厳を傷付けられてしまうようなことがおきる。
日常的にバカにされていて、ニコニコしていられるのは稀でして、そんな人はいつも不満顔でいたり、なにかオドオドしていたりも。
そうなると、ますます嫌われて孤立したり。
仕事ができないというのは、その職場内だけでして、部署が変われば別な能力を発揮したりする方もおりますが。
問題は、どこに行っても仕事ができないままで、どこでも持て余され、あちこちの部署を転々と異動させられるような方も。
働くことは、人生の多くの時間を占めているわけで、尊厳を傷付けられながら毎日を過ごすのは、あまりに不幸ではないかと。
周りの人間にそういう扱いは止めろといって、実際に守られるとはとうてい思えません。
ならば、不満顔を抱えて働き続けるよりも、また違う組織、違う仕事があるのではないか。
社内のあちこちで我慢を抱えている人を見るに、働くことと、人間の尊厳について、考えています。
「公正な社会」はとても残酷だというお話。
本日のお題はこちら。
- 作者: 前田裕二
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2017/06/29
- メディア: Kindle版
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「誰でもすぐに生配信が可能な、双方向コミュニケーションの仮想ライブ空間」SHOWROOMの創業者、前田裕二氏の半自伝的な一冊ですね。
前田氏は、早くに両親を亡くしながら、苦労して進学、投資銀行勤務を経て実業家への道を歩んだそうです。
本書に繰り返し出てくるのは、「生まれや育ちで人生が決められてしまうような不公正な社会を変えたい、努力すれば必ず道は開けるということを証明したい」という情熱です。
社会に公正さを求める気持ち、賛同したくなります。
しかし、「公正な社会」というのはある意味、残酷ではないかと。
公正世界信念、という人々に広く信じられている心理状態があります。
成功している人は、努力して成功に値する能力を示したから。
不遇な人は、努力が不足しており、能力が劣っているから。
世界は公正にできているので、成功や失敗にはきちんとした理由がある。
実際には、前田氏がいうとおり、世界は公正ではなく、生家が金持ちであれば高い教育を受けて成功しやすい。
貧しい生まれであれば、そもそも努力する機会すら得にくいという現実があるわけです。
では、前田氏がいうような公正な世界が実現したとしたら。
不遇な人が、「これは俺の努力が足りないのではない、社会の仕組みが悪いのだ」という慰めを得ることができなくなります。
公正な世界では・・
「不遇なの?それはあなたの努力が足りないからだよね。」
こんな残酷な現実に、人は耐えられるでしょうか。
前田氏の情熱には共感しつつも、そもそも努力が出来ない人、努力しても途中で挫折してしまう多くの人々を見てきただけに。
少し、躊躇いをもってしまうのです。
単純化された嘘と複雑な現実について。
また、消費税の輸出免税の仕組みから発生する還付金について、これを「輸出戻し税」という名称で呼び、トヨタなど輸出大企業が不当に利益を得ているかのようなweb記事タイトルを見かけました。
「輸出戻し税」というデマは定期的に出てくるけど
— すらたろう (@sura_taro) 2017年7月12日
消費税の仕入税額控除とか輸出免税による国境税調整とか専門的かつ技術的な話なので
「トヨタは現金を還付されている!けしからん!!」という表面だけしか見てないデマ攻撃が圧倒的にウケますからね😔
これは、人々が複雑な消費税の専門的・技術的な仕組みに通じていないことにつけ込んで、輸出企業が不正な利益を上げているかのような印象操作を行おうとする、悪質なものであると断じざるを得ません。
以下、なぜこの還付金が生じるのか、簡潔に説明します。
消費税は、「受け取った消費税」から「支払った消費税」を控除し、差額だけを国庫に納付するという仕組みになっています。
「受け取った消費税」が「支払った消費税」より少ない場合、控除し切れなった差額は還付されますね。
輸出は、国際的な税の決め事として、消費税(付加価値税)は実際に消費される国で課税されることが原則となっています*1。
そのため、輸出に際しては消費税が「免税」になっています。
トヨタなど輸出が多い企業は、輸出先から消費税を受け取ることがありません。そのため、恒常的に「受け取った消費税」が「支払った消費税」よりも少なくなり、還付金が発生することになるわけです。
還付金は、自社が仕入先に払った税額相当が控除し切れずに戻ってきているだけなので、企業会計上も課税所得計算上も利益になるものではありません。
消費税の仕入税額控除は、輸出大企業だけに認められた特典ではありません。
国内だけで事業をしている企業も公平に適用されています。
消費税だけではありませんが、税法は複雑で専門的な計算規定を備えており、税を専門にしない一般市民に容易に理解できるものではありません。
また、消費税は、人々が身近に接する税ではありますが、まだまだ歴史が浅く、導入や税率引き上げに際しては激しい政治的反対を受けてきました。
複雑な現実を無視し、消費税への嫌悪感を利用して、「還付金という現金を受け取っている=不正な利益だ!」という表面の事象だけをなぞった「単純化された嘘」。
「大企業は不正を働いている、自分たちは虐げられた弱者だ」という気持ちのいいストーリーを読めば、情報に疎い人々も、一瞬の満足感を得られるのかもしれません。
気持ちの良い嘘のストーリーを定期的にwebに書くジャーナリストを自称する人々の側と、ストーリー供給を待っている情報に疎い人々の側。
何度も繰り返される「輸出戻し税」の悪質な印象操作記事は、両サイドの人々が存在することによって成り立っています。
これも、この社会の複雑な現実の一幕なのではないか。
そう感じております。
大企業の税負担をめぐるデマに関しましては、こちらの過去ログもご覧ください、
現実的なキャリアの選択肢の選び方について。
本日のお題はこちら。
- 作者: 木村 勝
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2017/05/08
- メディア: Kindle版
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キャリアを考える本やweb・雑誌記事といいますと
「海外の大学院へ進んでMBA取得!」などというごくごく限られたエリート層を対象にしたようなもの、
「難関資格を取って人生逆転!」のような大きな夢を語るようなもの、
「まだ大都会で消耗してるの?」のような、サラリーマンを「社畜」と蔑んで田舎暮らしや独立起業を無責任に煽り立てるもの・・
どれも極端な話ばかりで、読んでもあまり現実味がなさそうなものが多いようなイメージがありました。
それらとは異なり、本書は、どこにでもいるようなごくごく平凡な中高年ビジネスパーソンが、セカンドキャリアとして選択し得る現実的な選択肢を示し、それらのうちどれを選んだらより良い人生を送れるかというアドバイスを述べております。
選択肢は、①今の会社に勤め続ける②転職する③出向する④独立起業するという4つです。
著者は、どれがベストか、正解だというのははっきりとは推薦しておりません。
それぞれについて、メリット・デメリット、著者が遭遇した成功例・失敗例を豊富にあげております。
どの選択肢を選ぶにせよ、自分自身と家族がじっくりと準備をして考え抜いて道を選ぶことを勧めています。
「なんとなく」「準備もしないまま」やってしまうと、失敗や後悔が待っていると。
50代くらいの方に向けて書いた本のようですが、キャリアの行く先を考える30代~40代くらいの方でも興味深く読めると思います。
「なんとなく」働いている方でも、何かヒントを得られるでしょう。
引用とノートはこちらも。
twitter.com
自己の選択肢の正しさの確認の方法と程度について。
進学、就職、結婚、転職、独立して自営業になる、離婚する、日本を離れて外国で暮らす。
人生には、いろいろな選択の連続であり、岐路においてどちらかを選ぶことを迫られます。
後から振り返って、自分の選択肢は正しかったのだろうか、と思うこともあるでしょう。
今、それなりに幸せに暮らしていれば、あの時の選択は正しかったとなりますし、
今、ちょっと不幸せで他者の芝生が青く見えていれば、あの時は誤ったなどとも。
上手く生きていると思い、自己の選択を後づけでの理由で正当化するのは誰しもやっています。
ところが、それだけでは不安なのか、自分が選ばなかった道にいる人を「バカだ」「なぜこっちに来ない」などとやっている方をインターネット上で見かけることがあります。
都会であくせく働く会社員の人生はくだらない。
自立して自由に生きよう。
などなど。
幸せの形は人の数だけあるわけですから、自分の選択肢の「正しさ」は自分だけで確認すればじゅうぶんです。
他者には、他者の選択肢があり、それぞれの人生を送っている。
自らの選択が本当に正しかったのか、不安なのかもしれません。
でも、その不安は、他者の選択肢を貶めることでは鎮めることはできません。
それぞれの道を、時々振り返る程度で。
それぞれで歩いていくしかないのではないか。
私は、そう思っています。