巨大企業崩壊の悲劇は、一直線には進まないはず・・
本日のお題はこちら。
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東芝については、「不適切会計」という奇妙な言葉から始まった不正会計に端を発し、原子力事業失敗に関連する巨額損失や経営迷走について、多くの本や記事が書かれてきました。
私もぜんぶではないにせよ、かなり読んできましたが・・
最初は、企業会計のテクニカルな話題から始まった東芝に関する書き物の種類は、
記者の個人的な価値観に基づいて歴代社長の人格非難に終始する感情的なもの、
会社法改正や東証ガイドラインなどの企業統治=コーポレート・ガバナンス改革の無力さ、
原子力事業をめぐる政治や官僚との暗闘を描くもの・・
それぞれの筆者の、それぞれの関心ポイントにより、文章の焦点の当て方は様々であり、なかなか東芝の崩壊に至る道筋は見えてきませんでした。
本書は、西室社長就任からはじまります。
米国の原子力事業会社ウェスティングハウス社WECの買収を三菱重工勢と競って「高値掴み」してしまいますが、買収価格を正当化するために強気の事業計画を立てるも、震災と福島第一原子力発電所の事故で一気に見通しが悪化。
原子力事業の損失計上を避けるため、あるいは損失を穴埋めするために強引な「チャレンジ」を強いていきます。
西室氏に続く4代の社長の焦り、財界への執着、功名心など、今日の崩壊に至るまで一つのストーリーとして帰結していくように描かれ、東芝の悲劇は避けられない必然だったのか・・とも読めました。
複雑な事件には意外にも簡潔な原因があり、一直線の崩壊へ帰結。
小説や映画なら、これでいいのかもしれません。
しかし、本書では脇役としか登場しない様々な人たちの役割や責任はどこにいったのでしょう。
東芝社内の幹部たち、三菱重工などのライバル企業、粉飾見逃しの責任追及を避けたい新日本監査法人、粉飾隠蔽の助言行為をしている疑いがあるデロイトトーマツ、独占禁止法逃れスキームを構築する法律事務所、原子力事業をなんとかしたい経済産業官僚・・
それぞれの人々の思惑が複雑に絡み合って、悲劇は演じられているのではないでしょうか。
多くの事業・子会社を切り売りした東芝は、もはや従前の姿からは別の形に変わりつつありますが、半導体事業の売却についてはまだ終わっていません。
「東芝の悲劇」も、まだ「完結編」ではないのでしょう。
ぜひ、続編を期待したいと思います。
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